都市の哲学 田村敏久・著

都市についての言説は実践してはじめて意味があたえられるのであれば、最後に実践の具体的な見取り図を提示して本書を終えることにしましょう。

ルールの確立が都市の実践を指示する究極のかたちであるのはすでに明らかにしてきたところですが、デザインストラクチャ、ルール、都市の実践、これらの関係をもう一度簡潔に確認しておきます。

都市の理念にほかならないデザインストラクチャは、都市のもっとも高い姿を提示して、都市を構成する各主体にそのもとに結集するよう呼びかけます。このときデザインストラクチャに結集する方法をルールとしてさだめれば、それはすなわち都市の実践のスタートであり、制定されたルールは永続する都市と、永続する実践の端的なしるしになります。したがって、都市の現実のさまざまな制約のなかで実践に耐えうる必要なルールを検討し、導出して吟味すれば、そこにおのずと実践の見取り図が描かれることになります。

デザインストラクチャとルールと都市の実践の関係を整理したところで、つぎから具体的なルールの検討にはいりますが、そのまえにデザインストラクチャにたいする抜きがたい誤解を解いておくべきでしょう。デザインストラクチャの概念がひろく流通しているとは到底いえない現状にありますから、その誤解そのものが本格的とはいえないかもしれませんが、ともかくデザインストラクチャにたいする抜きがたい誤解とはつぎのようなものです。

デザインストラクチャがなんであろうと、ひとつのものごとをデザインストラクチャに祭り上げること自体、複雑な要素からなっている都市を構成するうえでバランスを失することにならないか。この論者にいわせれば、多少のめりはりをつけるにせよ、都市を構成するそれぞれの要素を、現状のすがたを尊重しながら万遍なく平等にあつかって、はじめて都市生活の改善があるのではないかというわけです。読者においてはすでに明らかだろうと思いますが、これがデザインストラクチャについてのありうべき誤解にほかならない所以を整理しておきましょう。

じっさい都市はさまざまな要素からなっており、それらは複雑に組み合わされて都市の現状をかたちづくっています。こうしてあらわれている都市の全体には、また複雑な問題が存在しており、私たちの日常生活は、都市の現状を享受するというより、それらの問題の解決という単一方向の回路に動機づけられているといっても過言でないほどです。つまり、都市に生活する私たちにとってあらゆることが問題なのです。

それはたとえば、自宅の改修方法からはじまって、駐車場の確保、街灯や歩道や信号機の整備、子供の通学路や遊び場の問題、さらには居住環境から地球環境まであらゆることが問題だということ、それらは相互に複雑に連関して、もはや個々の対応では解決しえない状況に立ち至っているということです。このとき、現状のすがたを尊重しながら都市を構成する要素を万遍なく平等にあつかうというなら、それは現状の固定化という面から現実的であるといえるだけで、問題解決という面からは、ほんとうは現実ばなれしていることが容易に理解されるはずです。

もとめられているのは現実を私たちの環境として徹底的に相対化すること、つまり現実に埋もれてその正体を見失うのではなく、現実から一歩しりぞいて、現実のありさまを私たちの環境として冷静にとらえることです。このときデザインストラクチャの提示とは結局、現実の相対化の端的なしるしであると同時に、実践する都市計画の実践への意思の表明にほかなりません。そして、ここでもなお都市のあらゆることが問題である状況に変化はありませんし、デザインストラクチャはその状況を積極的に引き受けようとします。というより、あらゆることが問題でありながら、あらゆることが個々の立場に立脚しているうちは解決できない全体に組み込まれているからこそ、デザインストラクチャがもとめられたのです。

デザインストラクチャは現状の都市を乗り越えるあたらな都市の全体像を提示し、都市を構成する個々のものごとに、そこに結集するよう呼びかけます。個々のものごとはデザインストラクチャに導かれて、現状の関係の結び目をといて、それぞれ態勢を整えて互いにあらたな関係を結ぼうとします。そのための人間の理性を働かせるもっとも有効な方法がルールの確立であるわけですが、個々のものごとのあいだで結ばれるあたらな関係とは、すなわちデザインストラクチャをかたちづくる全体であり、そこから現出するのは、結局、私たちにとっての至上の都市なのです。

こうしてデザインストラクチャが都市に向かう私たちの行動をみちびく道標にほかならないことが明らかになりますが、もっと端的に説明しますと、デザインストラクチャはけっして、たんなるひとつのものごとではなく、あらたに発見された都市の構造を私たちはデザインストラクチャと呼んでいるにすぎないということ、したがってデザインストラクチャに結集するのは都市を構成するものごとの必然であり、人間の環境としてのよりよい都市はそれ以外の方法で実現されることがないということです。

それでは、デザインストラクチャに人間のための街路を据えたところに、いかなるルールが導出され、それらがいかなる方法であつかわれるべきなのか、つぎからみていくことにしましょう。

 

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