都市の哲学 田村敏久・著

都市の実践が権力による強制というかたちで可能ではないかという見解は、あまりにもナイーブすぎます。そもそも民主主義においては、というよりほんとうはそうした主義に無関係に、あらゆる権力は結局のところ民衆の望むところを実現する以外にないという事情にありますし、もとより権力による単純な強制は発達した人間の理性にとって、とうてい受け入れがたいことだからです。私たちとしては権力を活用しうるひとつの、しかし有力な機関として冷静にあつかいながら、都市の実践をみちびくもっともナチュラルな、したがってもっとも効果的な方法を理論として明らかにする必要があります。それはつまり、人間はほんらい、理性的であることがもっとも実践的であることを証明する作業でもあるわけです。

この点にかんしてデザインストラクチャなるものを提唱する論者がいます。その論者からしてデザインストラクチャの正体を描き切っているわけではありませんが、ユニークな着想ですし、本質に近づくうえで恰好の足場を提供することになるはずですから、ここを手掛かりにして展開することにしましょう。

岩崎駿介氏は『個性ある都市』で、都市デザインとデザインストラクチャについてつぎにように説明します。都市デザインとは《都市のたえまない変化の過程で、複雑多岐にわたる施設主体を対象として、総体的な形態的秩序をはかる》ことであり、べつの言いかたをすれば《広範なエネルギーを吸収するシステムをデザインすること》であり、そのために《システムを構成する基本的骨格として、デザインストラクチャを提示し、その上にこれに結集するエネルギーの結合のルールを、市民の了解のもとに確立することが必要なのである》。

むずかしそうな言い回しがでてきましたが、私たちの現実の都市を対象にしているからには具体的に理解できるはずですし、またそうでなければなりません。そこでまず、岩崎氏の主張を簡潔に把捉しておきましょう。主張のあらすじはつぎのようにまとめられます。「都市デザインの実践のためにルールを確立することが必要である」。これをさらに強調すれば、「都市デザインの実践はルールの確立として発動しなければならない」と書くことができます。理解の鍵となる重要なところですが、この理由を岩崎氏は説明していませんから、著者がかわって説明しましょう。

都市デザインの具体的な内容はのちほど確認するとして、いまは都市デザインをより一般的に都市の設計と言いかえて話をすすめます。そこで都市の設計と建物の設計を比較してみます。建物の設計は、こまかな点を無視すれば、結局、構想を図面で表現することです。それをもとにお金の算段をし、工事をし、建物が完成して終結します。都市の設計の場合、このながれはどうなっているでしょう。

お金の算段が必要になり、じっさいに工事をするという局面は、それがどの程度の重みをもっているかはべつにして、都市の設計の場合にもありうるのは容易に想像されますが、なにかある物が現出して終結するというわけにはいかないのが都市の設計であることも、また容易に理解されるはずです。都市は人間活動の関係体として現にいまあり、またそういうものとして変化しながら永遠に存在しつづけるほかないからです。都市の人間の希望が都市のこの永遠性のなかにはじめて灯されるについては、あとで触れられるはずです。

都市が複雑な人間活動の関係体として現に存在し、またそうしたものとして永遠に存在しつづける以外にないということは、都市の設計を図面で表現しても、まったくもって不十分であることを必然的に導出します。都市の将来を図面に描いて悦に入っているというなら、それは都市の設計を途中で投げだしたようなものですが、それがわが国の現状だと知ったらびっくりするかもしれません。

都市が人間活動の関係体として永遠に存在しつづけるほかないことを知れば、その設計は、なにかある物を現出させて終結するわけにはいかないのは道理です。都市を永遠の相でみれば、さまざまな物がおのずと出現し消滅していく場が都市だからであり、したがってまた、都市は永遠に変化しつづけるほかない運命にあるからです。このことは、確定的な都市のすがたというものは存在しないことを意味します。都市は、過去を受け継ぎながら、つねに変化しつづける関係体の現時点におけるひとつの状態として現前しているのです。

こうした存在である都市を対象にした設計が、ひとつの図面で表現されることはありえません。都市の将来をひとつの図面で表現するというなら、それはたんなる空想にすぎないか、さもなければ一定の未来から先の未来を断ち切ることを意味します。そうして都市の未来を語ることができるのは、したがって未来を失った人間だけです。

ではどうしたら都市の設計が可能になるのでしょうか。都市の永遠を見届ける人間がいるなら、彼に都市の設計を託するのもひとつの方法かもしれませんが、それは土台無理な話ですから、理性ある人間の理性にたよる以外にありません。その方法はただひとつ、都市を構成するために必要な事項をルールとしてさだめ、都市を構成する各主体がルールにしたがって活動を展開していくことです。

こうして都市の設計はルールを検討しルールを提示するものでなければならないこと、検討され提示されたルールを現実のルールとして確立することが、すなわち都市の設計の実践を意味すること、またそうでなければ都市の設計も、その実践もありえないことが理解されます。

 

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