都市の哲学 田村敏久・著

サービス道路は二次的な存在としてあつかうとして、それでは歩行者専用道路と自動車用道路をどう配置したらよいのでしょうか。常識に照らし合わせて明らかなのは、自動車用道路はそれ自体として効率的なネットワークを構成する必要があるということです。ネットワークとは網の目状につながった組織をさしますが、自動車用道路がネットワークを構成する必要性とはすなわち、都市の任意の場所からべつの任意の場所に移動しようとする自動車の要求に答えるためであって、じつのところ都市の街路がネットワークを構成しているのは、そうした人間の自然な要求に答えるためであったわけです。

都市の任意の場所からべつの任意の場所へ移動しようとするのは自動車だけでなく歩行者のごく自然な要求でもあるわけですから、このことをまじめに捉えるなら、自動車用道路とおなじく歩行者専用道路もそれ自体としてネットワークを構成する必要性がしめされます。しかし都市の現状から発想すれば、歩行者専用道路のネットワークが都市の全域を覆っている状況は想像をはるかに越えていますし、自動車用道路といっても、そこには現状の街路とおなじく歩道が整備されているはずですから、歩行者専用道路がそれ自体でネットワークを構成する必要性を主張することに、ためらいが感じられるかもしれません。私たちとしては、ほんとはどう態度をきめるべきでしょうか。

ここで自動車用道路を歩行の場所として冷静に捉えることが必要です。それが現状の街路と変わらないだろうといっても、人間の歩行が正しくあつかわれる保証になるわけではなく、むしろ実情はまったく逆であることを説明してきたわけですが、現状の街路がほんらいは自動車専用道路と呼ばれるべきだというのは、そこで人間の歩行がたんなる付属物に貶められているということです。その例をひとつだけあげましょう。

バス停の歩道がバスの停車のために削られているのは普通のことと思われていますが、バスの停車が自動車交通の妨げになる状況は、ひとしく歩行者についてもいえることですから……バスを待つ人だまりが歩行交通の妨げになる……、この場合の公正な判断は、単純に歩道を削ってはならないし、おなじくこちらは話題にさえなったことがありませんけれども、バス停に滞留する歩行者のために単純に車道を削ってはならないということになります。なんの検討も、なんの申し立てもなく、当然のごとくバス停の歩道が削られ、そこで歩行者がいたずらに混乱しているのは、したがって歩行者が街路の付属物に貶められているなによりの証拠なのです。

ここをはっきり押さえたなら、人間の存在を更新する無類の行為である歩行を展開する唯一の場所である歩行者専用道路が、それ自体としてネットワークを構成する必要性を明確に把握することができるはずです。都市の任意の場所から、都市のべつの任意の場所へ、都市の人間は歩行によって、歩行の意味をあじわいつくして移動する権利が与えられるべきですし、それはまた都市の環境に劇的な変化をもたらすはずです。

 
 

こうして都市の道路のネットワークは、歩行者専用道路のネットワークと自動車用道路のネットワークの、ふたつのネットワークの組み合わせとして構想される必要があります。ふたつのネットワークは重なってはいけませんし、しかも緊密な関係が保たれていなければなりません。とてつもなくむずかしそうですが、そうしたネットワークの具体的なものを例示しますと右図のようなものがあげられます。

これらの原理を簡単に説明しておきますと、上のパターンでは回転と収縮によって、下のパターンでは上下と左右の移動によって歩行者と自動車のふたつのネットワークが重なるということ、逆にいうと両者はそうした‘ずらし’によって形成されているということです。サービス道路は図示されていませんが、ふたつのネットワークの中間に配置される可能性を示唆しておきます。

現実の都市がこれほど単純に考えられるわけではありせんが、基本的な方向はこの図にしめされています。そのぞれの都市のそれぞれの条件のもとで、具体的にどうネットワークを構想するのか、都市計画に交通計画があるなら、これこそその根幹に据えられるべき計画であり、交通のあらゆる問題はここを起点に検討されるのでなければなりません。

図示されたネットワークを概観してみますと、そこに現状の街路には発見できない可能性を読み取ることができます。ひとつは歩専道と歩専道の交差点の処理にあり、広場として積極的に演出することが考えられます。もうひとつは歩専道と自動車用道路の交差点の処理であり、歩行から自動車利用へ、また自動車利用から歩行へ変換する場所として装置化することが可能です。いずれにしろ、こうした機能が明確に捉えられるのは、都市の街路に歩行者専用道路という人間の理性の産物を持ち込んだからです。

都市の道路のネットワーク

実線が自動車道路、点線が歩行者専用道路。上は「リング+ループ」による方法、下は「位相をずらしたチェッカー」による方法。前者は回転と収縮によって、後者は上下左右の移動によって実線と点線が重なる。

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