都市の哲学　田村敏久・著

• 自動車利用の目的とは
• 都市に働く人間の理性
• 自動車のアクセシビリティをどう扱うか
• 自動車はかならず混雑する
• アクセシビリティ確定の原理
• 自動車に反応する人間
• 自動車と歩行の弁証法
• 虚構としての通過交通
• 居住環境地域というトリック
• 分散道路体系の問題点
• 自動車から街路そのものへ

こうしてレポートの道路体系はひとつの、しかも問題の多い道路体系案として簡単に相対化されてしまいます。すでに居住環境地域は雲散していますし、結局道路体系の問題をあつかってなにがどうなのか、私たちとしては途方にくれるほかありません。これは一体どうしたことでしょう。

人間が理性にしたがって自動車を運転するかぎり、自動車がもっとも便利な道路を選択して走行するのは必然です。必然というのは、かならずそうしようとするし、またそうしようとするのを特別な理由がないかぎりだれも止められないということです。そうであるなら自動車のための道路体系は、生の自動車利用者の立場をはなれて自動車交通の全体を俯瞰する観点から考え出される場合であっても、結局は自動車利用者の要求を実現するというかたちでしか構想されえないのは自明ですし、また実現された道路の体系が効率的であるかどうか、また問題がないかどうかは自動車利用者の実践によってのみ明らかにされます。

これはつまり必然的に便利な道路を選択する自動車をまえにして、道路をどうするかについて私たちは自動車の要求にしたがう以外に方法がないということです。レポートのように幹線道路に取りつく進入口をふさぐというようなことはまるで素っ頓狂な行為になってしまいますから、だれも実行できないのです。

またさらに、自動車利用者の実践によって自動車利用の現場で明らかにされた道路の問題は構想にフィードバックされ、解決が図られます。理論を実現するための道路体系はここでは存在しえないのですし、もとより理論として正しいというような道路体系もありえません。あえて理論というなら、それは自動車をひたすら便利に活用しようとする人間の自然な性向、それはもはや人間の欲望といっていいものですが、その欲望をむだなく実現するための筋道としてしかありえないものです。しかし、ここには人間の欲望をいかに制御するかという理性の本質的な活動が欠けていますから、ほんとうはそれをもはや理論とよぶことはできないはずです。

欲望から生まれた構想は欲望によって実現され、そうして実現された構想は欲望によってチェックされ構想にフィードバックされます。ここに、自動車交通の入れ物である道路にかんする人間の活動が、自動車をもっとも便利に利用したいという欲望を唯一の動力として自動的に展開されていく構図を明確に読み取ることができるはずです。実現された欲望は、またさらにそのうえの欲望を引き出すという具合に、人間の欲望に限度はありませんから、そのときどうなるかを結論するのはむずかしくありません。そうしているあいだ人間はつねに満足することなく、自動的に展開する無限の運動に身をまかせる以外にないのです。

これは人間にとって幸福でしょうか。と問うより自動車利用について、人間の欲望を動力にして展開される運動は自動的であるがゆえに、ほんとうは放っておいていいものですし、またそこで満足できる解決が永遠にえられないのであれば、人間がまじめに取り組むべき対象ではほんらいありえないと自覚すればよいのです。

じっさいのところ、都市において自動車の走行する場所が街路でなかったら、こうして済ましてそこになんら問題はなかったはずです。ところが街路は都市の構造にほかならず、都市に生活する人間にとって都市の唯一の場所であるからには、どうしたってそう済ますわけにはいきません。

すでに、自動車利用の目的を口にすることは自動車利用の現状を後押しする結果しか生まないこと、また自動車のアクセシビリティは自動車以外のアクセシビリティとの相関によってしか、その向上はありえないことを検討してきました。そしていまみてきたのは、道路の使いかたを工夫して自動車交通を合理化しようとする試みは幻想にすぎないこと、道路と自動車の関係は人間の欲望を動力にして自動的に展開する運動としてあり、人間はそこでけっして満足を得ることがないというとです。

そうであるなら、いまや私たちは視点を置く対象を自動車そのものから、都市の構造であり、都市に生活する人間が共有する唯一の場所であり、また都市の人間の歩行の場所である街路に変えるべきときです。街路を人間の場所としてとらえるときに、はじめて人間は道路と自動車の関係に決着をつけることができるはずです。それはまた、おおいなる満足を人間にもたらすはずです。